粥村で聞いた話

鳥を見たり見なかったり食べちゃったり

転居への道 その2

その1を書いてから、この話をどう繋いでいけば良いのか分からなくなっていたのだが、所詮はチラウラだ。気にしないで気が向いたら書く。

 

なぜか武蔵野とか国分寺崖線という響きが好きだ。生まれ育ったわけでも無いのに。とはいえ、大学生になって最初に住んだ場所が国分寺で、しかも崖線の直ぐ下あたりだったので、育った場所と言えないことも無いかもしれない。

通りで言えば、連雀通り。別にキレンジャクとかヒレンジャクを連想させるから、ではなく、住んでいた国分寺から大学のある小金井を通って三鷹方面、そして国分寺からの引っ越し先であった吉祥寺。学生時代を過ごしたエリアを横断する小さな通りで、通学によく使っていた。なので、その雰囲気がとても落ち着く。もちろん、完全に個人的な感覚だ。

 

とまぁこんな風に、引っ越すなら経済的な問題はサテオキ、以前に住んでいたこのエリアが良い、と感じてしまう。

しかし、だ。普段は年寄りが地元を離れられない様子を見ては、「住めば都」というのは新しいことにチャレンジする気力を失っている証、とか、「住めば都」とは言い換えれば、「何処であろうが住んでしまえばいずれはそこが都となる」のに、現在にしがみついていなければ生きていけないと盲目的に信じてしまっている愚かさ、という風に考えているのに、結局は自分もそれと大差ないではないか。はっはっは。

 

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おたカフェ

お鷹の道にあるおたカフェ。決してヲタカフェではない。写真は無いが、モチーフが鷹のイラストだった。良い場所にあり、お散歩中のやや高齢の方々(ワタクシも含まれる)のお手軽な休憩所となっていた。

 

ジワジワつづく予定。